二〇一九年三月、最終出社の日。上田拓海は丸の内のビルを出て、東京駅まで歩いた。十一年間、数字を動かす仕事をしてきた。鞄の中には辞令と、京都の不動産屋が送ってきた古い町家の間取り図が一枚、入っていた。
見つけたのは、浄土寺の昭和四十年代の町家だった。床を剥がし、壁を塗り、カウンターに桧を一枚渡した。席は九つ。目の届く限界が、九だからだ。十席目のお客の表情は、もう見えない。
豆は毎朝八百グラムを二炉だけ焙じる。売り切れたら、その日は仕舞い。翌日の分は前借りしない。「銀行にいた頃は、増やすことばかり考えていました。いまは、減らさないことを考えています」と言って、上田は挽いたばかりの粉の匂いを確かめた。