一杯の中に、時間が眠っている。

ICHIRU COFFEE ROASTERS — KYOTO

The Bean

豆の来た道を、知っている。

仕入れるのは、農園の名前まで遡れる豆だけ。港に着いた麻袋を開け、欠点豆をひと粒ずつ手で除く。残るのは、静かな味のする豆だけだ。いま店にあるのは、この二つ。

欠点豆を除いたあとの豆
欠点豆を除いたあとの豆
エチオピア イルガチェフェの豆

エチオピアイルガチェフェ G1

  • 焙煎浅煎り
  • 標高2,000m
  • 精製ウォッシュト
柑橘白い花蜂蜜
グアテマラ アンティグアの豆

グアテマラアンティグア

  • 焙煎中深煎り
  • 標高1,600m
  • 精製フルウォッシュト
カカオ黒糖

The Roast

火は、炭に限る。

炭火の遠赤外線は、豆の芯まで静かに届く。熱風では、表面だけが先に焦げてしまう。一炉は八百グラム。それ以上焙じると、火が迷う。毎朝五時に窯へ火を入れ、爆ぜる音で進みを聞き分ける。

毎朝五時、火入れ
毎朝五時、火入れ
ライトロースト 浅煎り 花の香りが、先に立つ。
シナモンロースト 浅煎り 酸は明るく、軽い。
ミディアムロースト 中煎り 甘さが顔を出す。
ハイロースト 中煎り 輪郭が、丸くなる。
シティロースト 中深煎り 苦味と甘味が、並ぶ。
フルシティロースト 中深煎り 香ばしさの底が見える。
フレンチロースト 深煎り 煙の気配を、まとう。
炭火焙煎 深煎り 炭だけが出せる、静かな苦味。

The Grind

挽く音だけの、朝がある。

店主 上田拓海
店主 上田拓海

二〇一九年三月、最終出社の日。上田拓海は丸の内のビルを出て、東京駅まで歩いた。十一年間、数字を動かす仕事をしてきた。鞄の中には辞令と、京都の不動産屋が送ってきた古い町家の間取り図が一枚、入っていた。

見つけたのは、浄土寺の昭和四十年代の町家だった。床を剥がし、壁を塗り、カウンターに桧を一枚渡した。席は九つ。目の届く限界が、九だからだ。十席目のお客の表情は、もう見えない。

豆は毎朝八百グラムを二炉だけ焙じる。売り切れたら、その日は仕舞い。翌日の分は前借りしない。「銀行にいた頃は、増やすことばかり考えていました。いまは、減らさないことを考えています」と言って、上田は挽いたばかりの粉の匂いを確かめた。

早く淹れることは、誰にでもできる。

— 店主の言葉

The Sip

音のない席が、九つ。

店に音楽は流していない。炭の爆ぜる音と、豆を挽く音だけが順番に鳴る。カウンターは桧の一枚板。手を置くと、少しあたたかい。窓の外を、疏水の水がゆっくり流れていく。九つの席は、どこに座っても焙煎機の火が見えるように並べた。

浄土寺西田町の店構え
九つの席
九つの席